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作家・柳美里を「死んだら、人間はどうなるのか」と思わせる本

第5回「柳美里書店の10冊」

死者は生きる者にとっての緩衝材かもしれない

 わたしは「死」を行き止まりだとは考えていません。魂は、その人が生まれる前も、死んだ後も、きっと存在し続ける、と信じているからです。

 わたしは2016年夏から、日本中世の国家と宗教、鎌倉仏教、霊場を研究している東北大学文学部長の佐藤弘夫さんと、東北の霊場巡りをしています。

 中世の墓地は「勝地」と言われる、開けた見通しのいい場所につくられていたそうです。墓地が死者の居住する場所ではなく、死者の旅立ちの場所として考えられていたからです。山形県の村山盆地には、未婚で亡くなった死者の婚姻姿を描いた「ムカサリ絵馬」を奉納する寺や堂舎が点在しています。今回は、今もっともわたしが影響を受けている佐藤弘夫さんの主著である『死者の花嫁』を紹介します。

『死者の花嫁 葬送と追想の列島史』佐藤弘夫 著、幻戯書房

 「古代以来の長期間にわたる生者と死者のつき合い方を眺めた時、近代が生と死のあいだに厳密で越えられない一線を引くことによって、生者の世界から死者を完全に排除しようとする時代であることが理解できるであろう。死は日常から遠ざけられ、だれもが死ぬという当たり前の事実すら公然と口にすることが憚られる。葬儀を終えて、いったん人が死の世界に足を踏み入れてしまえば、生者はただちに普段の生活に戻ってしまう。別世界の住人であるがゆえに、死者はもはや対等の会話の相手ではなく、一方的な追憶の対象にしかすぎないのである」

 東日本大震災によって、わたしたちは、人は死んだらどうなるのかという問いに向き直させられました。『死者の花嫁』の中で語られている「死者は生者とともに存在する」という考え方は、この問いに対する一つの答えなのではないかと思います。

 昨年の6月に佐藤さんが「いわき短期大学創立50周年・東日本国際大学創立20周年」記念式典の基調講演で語った言葉も、示唆に富んでいました。

 竹島や尖閣諸島は、領土として奪い合うのではなく、2国間の緩衝材として無人のまま放置すべきなのではないか。

 現世では、人と人との感情の摩擦や、国と国との利害対立による衝突が頻発しています。

 「ゆるキャラブーム」も、人と人との関係の息苦しさが限度を超えたため、潜在的に、かつては遠ざけた死者や妖怪の存在を求め、その代替物として「ゆるキャラ」が蔓延しているのではないか――佐藤さんは、いま日本で起きている事象を、日本の宗教史や日本人の死生観をキーワードにして読み解いておられます。

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柳 美里

ゆう みり

1968年生まれ。高校中退後、東由多加率いる「東京キッドブラザース」に入団。役者、演出助手を経て、86年、演劇ユニット「青春五月党」を結成。93年『魚の祭』で岸田國士戯曲賞を最年少で受賞。97年、『家族シネマ』で芥川賞を受賞。著書に『フルハウス』(泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞)、『ゴールドラッシュ』(木山捷平文学賞)、『命』、『8月の果て』、『雨と夢のあとに』、『グッドバイ・ママ』、『JR上野駅公園口』、『貧乏の神様』、『ねこのおうち』、『まちあわせ』他多数。

写真/大森克己



 

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